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倭文神社

付近に「狐の関所」があるが観光コースから外れており、訪れる観光客はあまりいないかも知れない。
しかし、その名がずっと気になっていた場所であった。
2,3度探してみたが入口が分からず、訪問するまで少し時間を費やした。

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伝承園に向かうメイン道路から外れるので、そりゃあ見つけ難い筈だ。
普段着風景なのだろうが、いい景色が見られる場所だった。
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山道を少し行くと、見えてくる。
神社を訪問する際、社の一部が目に入るのはいつもながら心ときめくものだ。
社手前にはちょっとした広場があり、例祭の時には舞などが奉納されるのかも知れない。
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拝殿・本殿。
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格子がいい。
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一段降りた広場には、小さな祠がある。
「普賢社」というらしい。
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食塩
大雑把だが、何かいいね。
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何故、この場所が気になるのか・・・・と、いうよりは「倭文神社」という名前そのものに理由があった。

そもそも、倭文神社とは何か。
読み方は「しとり」神社。 きちんと読める人は、その道の専門家か興味をもっている人位であろうか・・・・

が、元々ここは「文殊様」と呼ばれていたそうで、倭文神社と名が変わったのは明治維新後と言われている。
ゴンゲサマの話も伝わっており、『遠野物語一一〇』にも載っている。

ゴンゲサマといふは、神楽舞ひの組ごとに一つづつ備はれる木彫の像にして、獅子頭とよく似て少く異なれり。
はなはだ御利生のあるものなり。
新張の八幡社の神楽組のゴンゲサマと、土淵村字五日市の神楽舞ゴンゲサマと、かつて途中にて
争ひをなせしことあり。
新張のゴンゲサマ負けて片耳を失ひたりとて今もなし。
毎年村々を舞ひてあるくゆゑ、これを見知らぬ者なし。
ゴンゲサマの霊験はこと火伏にあり。右の八幡の神楽組かつて附馬牛村に行きて日暮れ宿を取り
かねしに、ある貧しき者の家にて快くこれを泊めて、五升桝を伏せてその上にゴンゲサマを据え置き、
人々は臥したりしに、夜中にがつがつと物を噛む音のするに驚きて起きて見れば、軒端に火の燃え
付きてありしを、桝の上なるゴンゲサマ飛び上がり飛び上がりして火を喰ひ消してありしなりと。
子供の頭を病む者など、よくゴンゲサマを頼み、その病を齧みてもらふことあり。

(「遠野物語一一〇」)


倭文神社といえば、主祭神は建葉槌命なのだが、ここでは瀬織津姫他二神。
どうしてここがその名に変わったのか、知る人はいるのだろうか・・・・・






    

・・・・・・この画像で、「ピン!」と来た方を、私は「心の友」と呼びたいっ。
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ここを載せてしまっただけで、も~勝手にドキドキしています(←アホか)。

元々は、こちらが「萌え」の原因。
遠野の倭文神社とは祭神が違う。
(祭神そのものが萌えの理由ではないのだけど)
関連はなさそうだが、何はともあれ「倭文」の名が遠野にあるのはちょいと嬉しい。
by tamachi69 | 2007-06-21 06:42 | 神社・仏閣
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