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遠野遺産 土淵編 Ⅲ

遠野遺産 認定#21 【山口デンデラ野】

山口、飯豊、附馬牛の字荒川東禅寺および火渡、青笹の字中沢ならびに土淵村の字土淵に、ともにダンノハナといふ地名あり。
その近傍にきれと相対して必ず蓮台野といふ地あり。
昔は六十を超えたる老人はすべてこの蓮台野へ追ひやるの習ひありき。
老人はいたづらに死んでしまふこともならぬゆゑに、日中は里へ下り農作して口を糊したり。
そのために今も山口土淵辺にては朝に野らを出づるをハカダチといひ、夕方野らより帰ることをハカアガリといふといへり。
(遠野物語 一一一)



昔は老人が六十になると、デンデラ野に棄てられたものだという。
青笹村のデンデラ野は、上郷村、青笹村の全体と、土淵村の似田貝、足洗川、石田、土淵などの部落の老人たちが
追い放たれた処と伝えられ、方々のデンデラ野にも皆それぞれの範囲がきまっていたようである。
土淵村字高室にもデンデラ野と呼ばれている処があるが、ここは、栃内、山崎、火石、和野、久手、角城、林崎、柏崎、
水内、山口、田尻、丸古立などの諸部落から老人を棄てたところだと語り伝えている。(遠野物語拾遺 二六八)



デンデラ野は、遠野物語では以上のように描かれている。・・・・・・

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遠野遺産に認定されたデンデラ野は、山口の水車小屋からほど近い場所、「たかむろ水光園」へ至る道の途中にある。
ずっと姥捨てのイメージを持っていたが、最近はそれも違うらしいと解ってきた。

先のエントリにも登場していたこれを見てみると・・・・・・
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赤いアンダーラインの部分です。

つまり、「姥捨て」ではなく、「老人達が生活した場所」となっている。


小高い丘・デンデラ野。
集落や田畑のすぐ傍にあるのが、「姥捨て」の地にしては合点がいかないと思っていた。
最近、これがどういった場所なのかを聞く機会に恵まれたお陰で、それまで持っていた漠然としたイメージが変わってきた。
高齢者たちが集まって暮らした場所。コミュニティのような性格を持ったところだったらしい。
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また、デンデラ野の語源が「デーンと広い野原」という言葉が転訛したという話もきいている。
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広い野原からは耳切山が望める。
山の上に点々とある「突起物」に「?」だったが、その正体が分ったのはつい最近。
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デンデラ野から見る風景。
豊かな田園地帯が広がる。
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ネコじゃらし群の向こうの耳切山~
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by tamachi69 | 2008-02-07 00:06 | 名所
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